2014年5月25日日曜日

「ネットの空気」が大嫌い

パソコン遠隔操作事件の話は一言もTweetしなかったんですが、finalventさんの記事読んで一応書いておこうと。
この事件について一言も言わなかったのは二つ理由があって、一つは冤罪だった場合、「自分が」この件について語ることなんて何もないこと。そして、もう一つは、冤罪とは思えなかったこと。

冤罪と思えなかったと言っても、有罪だと確信してた訳ではなくて、単に「わからない」というだけです。ただ、状況証拠はある程度あるんだろうなと思ってました。そうでないと裁判所が勾留許可ださないと思うので。

逆に、この前テレビで見た「別府3億円保険金殺人事件」のように、状況証拠だけでは有罪にするのは難しい。まあ、自白に頼らないとすると、状況証拠だけでの有罪が増えるだけだと思うんですけどね。それでいいのならいいけど。

まあとにかく、自分は「よく分からない」ため、この件については口を塞いでおきました。しかし、「よく分からない」ということ自体も言いませんでした。その理由は「ネットの空気」です。
私から見るネットの論調の多くは、警察・検察が悪であり被告を冤罪であるとした主張が多く見られたが、私の「悪魔の代弁者」は、「いや、彼が真犯人ではないのか?」と呟き続けていたからだ。
 ただ、それを言わなかったのは、私が「悪魔の代弁者」になると、私がネットでは悪魔にされて、私の魔女裁判のようになるのが怖かったせいもある。
 今のネットの空気では、「悪魔の代弁者」が悪魔とされて、魔女裁判のように吊し上げられるようなるからなあと、感じている。
まさに自分もそれを強く感じました。だから何も言えない。ネットには言論の自由は存在しません。

自分からすると、ネットほど空気を読まないと酷い目に遭う場所はありません。リアルだと何だかんだで逃げ道があります。会社で酷いことにあっていれば辞めるとか、労働問題なら役所に行く手もある。前の会社もいろいろと酷いことがありましたが、「言ったこと」自体を咎められたことは一度もありません。

さらに悪いことに、ネット民はネットに言論の自由がないという事実に全く気づいていません。その自覚がない以上、改善されるはずもなく、また何度でも同じ過ちを繰り返します。

2014年4月10日木曜日

「犬が人を噛んだ」問題

「人が犬を噛んだ」じゃなくて「犬が人を噛んだ」問題。

「人が犬を噛む」というのは情報量の例えとしてよく使われます。「犬が人を噛んだらニュースにならないが、人が犬を噛んだらニュースになる」と。

しかし、「それは本当に伝えるべきなのか?」とふと思いました。マスコミもネットも「人が犬を噛んだ」ことばかり伝えるのですが、それは例外として処理すべき問題ばかりなんですよね。ニュースにはなっても、何も対処すべき事がないか、対処するコストばかりかかってどうしようもない。

逆に「犬が人を噛んだ」というのはありがちのようですが、狂犬病の問題もあるし、野良犬が多すぎるかもしれない。こちらは社会問題になり得るという意味で、よっぽど大きなニュースじゃないかなと。

2014年4月9日水曜日

ニュースアグリゲーターがゴミだらけの件

ネト充止めたとは言ったんですが、完全にネットから離れるのは無理なので、たまにいろんなサイト見てるのですが、どれもこれもことごとくつまらんのですよね。そして、最近よく話題になるニュースアグリゲーターがこれに輪をかけて酷い、というより、そもそものコンセプトが逆走してます。

コンセプトが逆走していると感じる大きな理由は、「話題のニュース」「フィルタ」の位置づけです。どのアグリゲーターも「話題のニュース=読むべきもの」「フィルタ=ユーザが興味を持ちそうなもの」という前提でサービスを作ってます。

しかし、自分からすると「話題のニュース=読む価値がないもの」「フィルタ=ゴミを除く」サービスが欲しいです。話題になってるもの、たとえばYahoo!トップだったりはてブトップだったりTwitterで話題になってるほとんどくだらないものばかりです。もっと話題にならないものこそ読みたい。

もう一つ、こちらが致命的に勘違いしてる点ですが、「ユーザが興味を持ちそうなもの」なんてどうでもいいんです。極端な話、ランダムで出してもらうくらいでいい。ただ、逆に「ゴミを除く」のは徹底的にやって欲しい。有害デマブログは一度サイト単位でブロックしたら二度と出てはいけないし、そもそもデマ流していると評価が定まっているサイトは最初から出すべきでない。

「話題にならない」が面白いものを見ようとすると、だいたい本を買うか、テレビを見ることになります。テレビはだいたいNHKを見てますが、民放も一部の有害番組(報道ステーションなど)を除けば悪くないし、ネットのゴミまみれになるよりはずっといい。

とは言え、ニュースアグリゲーターのコンセプトがことごとく逆走してるのが一番の問題なので、自分で何か作れないかなと思ってます。

2014年4月8日火曜日

真水の中のうんこ問題

ネットのサービスを見て残念だなぁと思うことが多いのですが、それを一言で表すとこれです。「真水の中のうんこ」。

これは何かというと、「全体としては真水(良いもの)ばかりだけど、一部うんこ(最悪のもの)が混じってるせいで、全体が飲めなくなるという現象です。これが非常に多い。

その理由として、ネットのサービスって「まとめていくら」というのが結構多いんですね。例えば本なら基本的に1冊の本として完結しているので、この出版社は信用できないとか、このレーベルは質が悪いというのはあっても、出版社が嫌いだから良書が悪書に変わることはありえないです。

しかし、ネットだと基本的にごちゃ混ぜで来る。例えば外国かぶれのDQNや頭に「いん」が良くつくDQNとか金髪割れ厨DQNのような「うんこ」があると、全体が嫌な感じになります。これで使えなくなったサービスがたくさんあります。

「まとめていくら」の問題は、まとめてしまうことで、見てしまうことのデメリットもありますが、その「うんこ」に金が渡る可能性があるからです。1円も渡したくない、そう考えると全体にお金が払えなくなる。

サービスを作る人でこの問題に鈍感な人が多いのが不思議なんですね。

経済学と経営学

結構前からの悩みだったのが「経済学」です。特に分からなかったのがケインズ。何となく教科書で読んだニューディール政策くらいしか知らないんですが、例えば「公共事業は良いかどうか」というのもずっと分からなかったんですよね。

ただ、ようやく糸口が見えてきました。需要管理というのが分からなかったのですが、これを「市場」、あるいは「市場規模」で考えるとスッキリするじゃないかなと。

要するに、例えばある業界を考えて、その市場規模が1兆円とします。これが好況なら1兆1000億円、不況なら9000億円になります。これくらいなら経営努力で何とかなるかもしれませんが、例えば5000億円になったとします。こうなったらバタバタ倒産してどうしようもなくなります。そこで、政府が4000億円の支出をして何とか支えられるレベルまで戻します。当たり前過ぎるけど、需要という言葉に縛られすぎてずっと消化できてなかった。

逆に、こう考えると限界もハッキリします。政府が直接に支出が出来るのは建設業界や、ITシステムくらいです。あとは減税という形か、直接人々に配るか。直接配るのはこれまでは批判されてたけど、今はむしろデフレ脱却という名目で出来るんじゃなかろうかというのは以前書いたとおり。ただ、今は逆に、人が足りないのが問題となってるくらい。これもこれも市場規模以上に拡大してるからでしょうね。

あともう一つの限界は、「市場規模」が分かるものでないと難しいということ。安定した業界でないと管理自体が難しい。とか考えて、経済学と経営学の違いがふと理解できました。その管理自体が難しいものを扱うのが経営学というもう一つの経済学。

経済学と言えばケインズの他に、もう一人有名なのがシュンペーターです。こちらは経済学としては異質すぎて受け入れられなかったみたいなんですね。ただ、経営学には大きな影響を与えています。もちろんドラッカーにも。

じゃあどちらが正しいのかというと、たぶん「どちらも正しい」です。成熟業界はまずは安定しないとどうしようもないし、ちょっとの不況ならともかく恐慌になってしまうのを避けるには財政政策以上のものはないです。一方で、成熟してない業界や、逆に成熟してる業界でも各々の企業にとっては経営学こそが重要です。

2014年3月1日土曜日

ビットコインがゴミである理由

Twitterでは書いたんですが、一応書いておきます。比喩ではなく「ゴミ」です。つまり価値がゼロ。

価値がゼロである理由は、クルーグマンの「ビットコインが提起する現実世界の問題」で挙げられている「下限の床になっているもの」が自分には見つからなかったし、ビットコイン崇拝者は誰も提示していないからです。

これに対して、取引が可能なものは「ある時点での大体の下限」は常に存在しています。「ある時点」なのは、例えば金(Gold)が価値を持つのは、飢えに苦しまずにある程度文明が発達してからだから。

信用貨幣は「ある時点での大体の下限」があります。日本だと「1000円あれば飯が食える」くらいの。ただしこれが成立するのは「デフレからマイルドインフレ」までの間です。ジンバブエみたいなハイパーインフレになってしまうとダメ。

株にも「ある時点での大体の下限」があります。どんなに業績が悪くても株価はまず間違いなく底を打ちます。安定している企業なら、PBR1倍だったり配当利率2%あたりが大体の下限。

他の金融商品もたぶん同じようなもの。日経平均ならここ見ると、PER 15倍あたりをウロウロしています。債権はよく分からないですが、たぶん利回りがそれじゃないかなぁ。

そんなわけで、現実世界に流通している貨幣や金融商品は「ある時点での大体の下限」があります。もちろん厳密なものじゃないので見込みと違えば株なら暴落したり、金融危機が発生しますが。

ビットコインについてはみんな「上限」の話ばかりで、「下限」の話はしてないんですよね。もしこれが1円でも下限があるなら話は変わりますが。下限を付けるだけなら政府や企業などが保証すればいいけど、その時点でそれはもう別物だと思ってます。

と言うわけで、これ以上はもう話すのもムダだと思います。

2014年2月21日金曜日

ツインテールが高貴で縁起がいい理由

以前ブログ用に書いてたのをボツにするのもアレなのでそのまま書いておきます。

  • ツインテールは八の字→末広がり→縁起がいい
  • ツインテールの英語名はAngel Wings=天使の翼→神の使い→高貴
  • Twintailにはwinを含む→勝利→縁起がいい
  • Twintailにはintを含む→整数型→整数は全ての基本→ツインテールは全ての基本
  • ツインテールには「インテル」を含む→インテル入ってる→縁起がいい
  • ツインテールには「ツイテル」を含む→ツイてる→運がいい→縁起がいい
  • ツインテールと言えばかがみん→実家が神社→巫女→縁起がいい
  • ツインテールと言えばツンデレ→お嬢様→高貴
  • ツインテールには「ツル」を含む→鶴→縁起がいい
  • ツインテールは左右両方のテールの組み合わせでn^2の可能性が
  • ツインテールと言えば初音ミク→ミクさんマジ天使→高貴

…アホやな( ・ิω・ิ)

2014年2月14日金曜日

リベラルの声が届かない理由

日本に二大政党制が根付かない理由」という記事で概要は書いたんですが、「若者に届かぬリベラル」という記事を読んで、もうちょっと補足しておかないとマズいと思ったので、いくつか気になる点を書いておきます。

以下は全てハッキリとしたデータではなく、自分がいろんな人のつぶやきや、2chの書き込みなどを見た印象を元にしてます。ただし、過激な物言いをする人は個人的にも距離を置きたいので外してます。

まず一番大事なことですが、いわゆる「ネトウヨ」と「保守」は全く違います。自分の言葉で言えば、「キモオタ」と「オタク」くらい違います。あるいは、「はちま産」と「ゲーマー」くらい違います。この前まで気づかなかったのですが、保守層は「ネトウヨ」の過激な物言いを嫌ってる人が多いです。

じゃあ「ネトウヨ」って何かというと、ネットの「情報」に扇動された奴らのことです。例えばこの反韓デモが分かりやすいのですが、「ネットに載っている有名な話」をそのまま信じてます。しかし、そう思ってしまうのは仕方ないところもあります。Googleで適当なキーワードを入れれば、それにあった「情報」がたくさん出てくるので。しかも、元は新聞記事だったりと、デマというものでもないんですね。はちまが流すようなのは明らかなデマが多いんですが、こっちはそうじゃないので頭が痛い。

そして「保守」と呼ばれる人は、ポリティカルコンパスによる「保守左派」の人が多いです。Twitterで「ポリティカルコンパス 保守左派」などと検索すると分かりますが、圧倒的に他より多い。しかし、これを「保守」と呼んでいいかどうかは疑問です。なぜなら、このポリティカルコンパスは「はてなダイアリー」のユーザに偏って作られているからです。はてなのユーザって「はてなサヨク」という言葉もあるくらいで、リベラルに偏ってます。自分の印象でも、「保守」と呼ばれている人が保守主義かと言われると結構微妙です。むしろ政治的には自由を重視するリベラルに近い人が多いです。

「ネトウヨ」にしても「保守」にしても、表に出すかどうかの違いはありますが、一つ根底に持ってる疑念があります。それは「リベラルは日本人のことを考えてない」と。宇野常寛さんの記事で間違ってると思うのは、本気で東アジア情勢が緊迫してると思ってる人はほとんどいないことです。領土問題はありますが、中国にしても韓国にしても経済的には無視できない相手なので。

もっとはっきり言えば、「リベラルは自分たちの敵」だと多くの人が薄々感じています。韓国が反日だと言われても「別の国のことだから」で済ませられます。そして少なくとも、知り合いに韓国人がいれば、その人と仲良くするのは可能です。しかし、日本人の中にいる「敵」とは仲良く出来ないし、周りにそれがいないかどうか怯えています。その象徴は北朝鮮の拉致問題です。あの問題で一番重要なのは、北朝鮮ではなく、「あれは北朝鮮の政治家です」と言われるような人がいたことです。

先ほどの反韓デモの記事で「みなさん!日本人ですよねー?!」と言ってるのは、敵でないことを確認する行為です。「通名を廃止せよ」と主張するのも、「在日認定」をするのも、日本人の中の敵に怯えているからです。彼らにとっては自分たちの敵でないかどうかが最重要で、主張はその後です。

しかし、コピペブログが業者によって「商売」にさせられているように、嫌韓本も「商売」です。麻薬と何も変わりありません。そんなものに手を出してはいけません。もちろん自分はそんなのに手を出すバカな「ネトウヨ」は大嫌いです。しかし、自分は「理解できてしまう」。10年以上その疑念がずっと頭の隅にこびりついて取れない。

では、何が必要かというと、「リベラルを否定しつつリベラルの政策を主張する」ことです。「私たちは敵ではない」と認識させることが第一です。だから「(現在の)リベラルとは決して組まない」くらいでないといけません。その一方で、福祉主義などの「公正」は主張していく。もちろん金銭的な裏付けは必要なので、経済成長も重要視する。一方で「市場の失敗」を改善する。「権威主義」的な主張には反対しつつ、「急進的」な主張にも距離を置く。こういう「保守左派」、あるいは中道左派の政党が必要です。

2014年2月12日水曜日

アーケードゲームが高くない理由

スマートフォンのガチャゲーが批判されますが、同じく青天井のアーケードゲームはどうなのという話が定期的に出るようなので、バッサリと斬っておきます。

自分は一時期、音ゲーにハマってました。 特にDDRとポップンミュージックは結構やり込んで、どちらも10万円以上は使ったと思います。一般人から見たら「こんなに使ったの?」と言われる金額ですが(逆にゲーマーからしたら大したことない数字)、少なくとも高いとは思っていません。なぜなら、この体験は他で代替出来ないものであり、ゲーセンに行って100円をつぎ込むのが一番安いからです。

例えば、ポップンミュージックの特徴は何より、そのコントローラです。ゲーム自体は移植されましたが、その操作感までは移植できません。別物として遊ぶならいいですが、少なくとも「ゲームセンターの代わり」にはなりません。

ポップンミュージック アーケードスタイル コントローラというコントローラも出ました。30000円という値段ですが、これが結構売れました。そして自分もその購入者の一人です。しかし、このコントローラでも満足できませんでした。出来が悪いわけではないですが、ボタンの感覚がアーケードと違ったり、設置場所を考えるとアーケードそのままの体験にはなりません。練習用にはなると思いますが。

そして、ポップンミュージックの筐体を新品で買おうとすると、約60万円します(アーケードゲームデータベース)。1日10回プレイしても元を取るのに1年以上かかります。もちろん電気代もかかるし、メンテナンスも必要です。そもそも、個人で入手は厳しいようです。なので、ゲーセンに行って100円つぎ込むのが一番安いという結論になります。

大型筐体を除くと、多少敷居は下がります。某ゲーセンの常連と「ときメモ対戦ぱずるだま」の基板を共同で買いましたが、 コンパネと合わせて10万くらいだったと思います。NEOGEOの本体が58000円、ソフトが1本30000円というのはその意味ではむしろ安い価格でした。もっとも、このようなゲームはゲーム機の性能が上がるにつれて、ゲーセンでやる意義がほとんどなくなりましたが。

ゲーセンで100円をつぎ込むゲーマーってのはこれくらいの感覚が普通です。大金をつぎ込むこともありますが、それだけ品質要求も高い。PCでゲームする人も恐らく同じ。

なので、「スマートフォンで音ゲー作りました。1プレイ100円ね」と言われても、「高い」としか言いようがないです。それだけ。

2014年1月27日月曜日

日本に二大政党制が根付かない理由

この記事はかなり自分の主観が入ってるんでアレですが。

自分は今の政党を次のように見てます。半年前くらいに書いたものですが、ポリティカルコンパスを元にしてます。縦軸が政治軸(保守かリベラルか)、横軸が経済軸(市場主義(小さい政府)か、福祉国家(大きい政府)か)。

だいたいこんなイメージです。が、右下で「政党にならない」と書いてるのは、リバタリアンなのでそういう人は政治に関わらないだろうと言う意味です。でも調べたら「リバタリアン党」というのもあるみたいですね。

問題は下側にある「不信感」です。これは、リベラルと呼ばれる人がやってきたことに対する不信です。自分もものすごくあります。そしてその大きな原因の一つは、拉致問題です。この問題に毅然とした対応を取ってこなかったツケが後々まで響いてます。特に社民党の没落がそれ。

さらに追い打ちをかけたのが民主党の失敗。鳩山由紀夫はそもそも何考えてるか分からないので枠外なんですが、次の菅直人の失敗が致命的。野田政権になったときはもう手遅れでした。その結果、個人としてはともかく、政党としてのリベラルはもう数十年レベルでダメじゃないかと思います。つまり、保守対リベラルでの二大政党制はもう無理でしょう。昔の社会党にすら及ばない。

じゃあ、大きい政府か小さい政府かで争うしかないし、むしろその方が生活にも関わるため、多くの人にとっては望ましいと思います。行きすぎた保守反動にならなければ。じゃあこちらはどうか。

自民党は大きい政府派と小さい政府派の両方を取り込んでいます。TPPに取り組む一方で農協などの支持もある。ただ、昔に比べると市場主義の感じがあります。それは一つは小泉政権のときに、大きな政府派を切ったから。さらに言えば、それを古い自民党だと批判したメディアも同様です。その結果としてバランスが崩れてしまった。

そして、保守かつ福祉重視、経済左派の立場が弱くなってしまいました。自民党にいればマスコミから抵抗勢力扱いされ、民主党では主流になれず、リベラルと一緒にされてしまう。

しかし、ここに需要があると思うんですよね。例えばこんな感じの。

  • 保守であることを明確にし、リベラルとは決して組まない。権威主義にしない程度の主張でいい。
  • 保守である一方で、変えていくべきところは変えると明確化する。守旧派とはみなさない。
  • 「市場の失敗」を改善する政策を打ち出していく。
二大政党制は出来なくても、保守左派の政党があるというのは重要かなと思います。